2010年10月31日

雨の逃亡者

先週、10月最後の放送と書いたがですが、10月最後の放送は、きょう、ながでした。失礼しました。第44回目、「雨の逃亡者」。はて、逃亡者とは?




 イカルス号のイギリス人水夫が、長崎の夜の街で斬殺された事件で、白袴を着ていたとの目撃情報がもとで、海援隊のメンバーがやったんだろうと、捜査の対象にされたものです。時は、7月6日(1867年)のようです。どうりで、ドラマの龍馬たちは大汗をかいちょったがです。

 史実的には、この事件の談判のために、幕府側数人とイギリスのパークスやアーネスト・サトウらが高知に来たようです。その後、長崎にてさらなる調査に入っています。番組中では、真犯人は福岡藩の金子才吉なる人物だったと究明されちょりましたが、実際には、事件直後は犯人はわからず仕舞で、明治維新後に執拗に調べた結果、わかったらしいがです。

 イギリス側の海援隊への厳しい追及に、龍馬らが、千両を懸賞金に真犯人を探し出す、という提案をしたことが、イギリス側に犯人は海援隊ではないだろうと、思わしめた、ようです。


 弥太郎も龍馬らとともにいろいろ対処をしていたようですが、この一件については、長崎奉行との対峙、ほかの件にてイジメみたいなことをされ、いささか気分を害していたようです。

 この頃には、弥太郎と海援隊士らの間には、感情的対立が、高まっておったが、です。

 今回、おもとはついにキリシタンであることがばれて、逃げるように、イギリス船に乗り込んで、行ったがです。きょうの、標題は、このシーンながでしょうか?

 ところで、長崎奉行に連行された惣之丞(配役は要潤)、存在感がありますなぁ。(惣之丞は、龍馬の死後、2ヶ月ほどで、自責により切腹したがです) アーネスト・サトウのパックンも、普段見ない、真剣な眼差し、よかった、がです。

 それにしても、ここのところ、投稿数が、激減しちょります。
 

posted by ザッキーニ at 23:15| 高知 ☔| Comment(5) | TrackBack(0) | 龍馬伝のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
沢村は、何か失敗をして
切腹したのでしたでしょうか
古くからの龍馬ゆかりの仲間でしたから、
残念ですよね
Posted by 山口ジジイ at 2010年11月03日 10:09
沢村は人違いして、斬ったことに、自害したがです。
Posted by morimachi at 2010年11月04日 20:38
嗚呼、そうでしたか

龍馬伝説も、いよいよ最後ですね
土佐のあとは、伊予の坂の上の雲が始まります
Posted by 山口ジジイ at 2010年11月05日 02:39
11月28日が、龍馬伝、最後ですきね!

で、12月5日から、モックンの出番、ですけん!
Posted by morimachi at 2010年11月07日 17:36
あら、更新されてなかったのですね
坂本さあも、いよいよ正念場ですなあ
番組の最後に、お龍のその後が語られましたが、不幸な晩年だったようですね
乙女姉さんとは、相当仲が悪かったと聞いてます
Posted by 山口ジジイ at 2010年11月08日 02:54
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